【結婚コラム】妻の存在とは。そして、わたしの生きる意味とは

今回のテーマは、

「【結婚コラム】妻の存在とは。そして、わたしの生きる意味とは

ここでは、結婚生活に関するわたしたちが普段感じていることを、ただただ感じたままに書いていきたいと思います。

 

2018年3月11日に著者であるわたしたちは結婚しました。

同棲は付き合い始めのころからしているので、それから考えるとこの記事を書いている2018年6月で約1年くらいでしょうか。

もともとは同じ会社で同じ部署。隣の席。それまでは、仕事でも家でも24時間一緒にいることがあたりまえでした。

それがこの4月から離れ離れに。

 

たまたま妻が2日間泊まりがけの仕事に行っていて、本記事を書いている夫であるわたしは独りぼっちで家に。

こんなにも一人で家にいることが寂しいとは思いませんでした。

 

最近、新しく家を建てることで、毎日毎日いろいろ考えて考えて、いろいろな情報収集して、毎週打ち合わせに茅ケ崎にも行って。

ほかにも家事やスーパーにも行かねばならないし。無料の映画チケットですら使えないくらい週末も忙しい。

デートがてらに毎週茅ヶ崎に、と軽く考えていましたが、あまりに考えることが多すぎて、家を建てるまでの試練のような状態になっています。

ゆっくり一緒にいる時間を楽しむ、ということもできず。

 

妻は同じ会社に17年勤めていて、かなりのポジションだし給料も高い。そのため日々大きな責任を背負って会社で働いている。

ちょうどこの時期は仕事が忙しい時期のため、毎日ボロボロになって夜遅くに家に帰ってくる。

通勤時間だって都心から離れてところに住んでいるため、約1時間半はかかるのだ。会社を21時に出れば、家につくのは22時半ごろ。

それでも文句ひとつ言わず、お風呂に入りご飯を作ってくれて。

なおかつ、わたしにかける言葉と言えば「いつもありがとうね。あなたのおかげでわたしも頑張れているから。感謝しかないんだよ」。

心の中では、「いや、ボクのほうこそ何もしてやれていない。助けられているのはボクのほうだ」と思っているものの、わたしも疲れていたりイライラしていたりと、本音を口に出せずに布団に入って寝てしまう。

 

たまに布団のなかで妻が寝るのを横で見ていることがある。

わたしもすぐ布団に入ったら寝てしまうたちなのだが、それよりも早く、それこそ3分くらいで妻は寝てしまうこともある。

下手すると、帰ってきてご飯を食べて、少し横になると言ってそのまま目を覚まさないこともザラ。

それだけ体も心も疲弊してしまっているのだ。

 

そんななか、先週末、こんなことがあった。

結婚式のときのアルバム制作が終わり、業者から届いたのだ。妻は「一緒に観ようね!楽しみにしてたんだ!」と。

 

週の中ごろの届いたので、ゆっくり観れる週末に。

しかし案の定、週末も忙殺される。日曜の夕方もスーパーでの買い物や、翌週分の朝食などのための作り置きを作るのだ。

特に今週は自分が泊まりで仕事をすることがわかっていただけに、「ちゃんと作っていかねば」という気持ちがあったのだろう。

ようやく夕食をとったのは8時過ぎ、新しい家の間取りのことなんかを話しながら、いつの間にか時間も経過していて、お互いお風呂に入ってベッドに入るころには24時。

 

朝はいつも早い。5時半に起きて、6時半出発。ということは、5時間くらいしか毎日寝れない。ひどいときは4時間・3時間のときもある。

朝も早く起きねばならないから、わたしは、「この状態だったらまともに見れないから、また来週見よう。今日は寝ようよ。いつでも見れるじゃん」と言う。

妻はヨロヨロになりながら、「わたし・・・一緒に観たかったな、アルバム。こんな時間だもんね、わたしの作業が遅くてゴメンね」って。

 

そんなことない。わたしが一緒に作り置きを作ればよいのだ。わたしが自分で毎日ご飯を作ってあげればいいのだ。わたしができるだけ妻に負担をかけないように動けばいいだけなのだ。

でも妻は、わたしが悪くてゴメン、って。

 

その時の寂しそうな顔。

本当にアルバムを一緒に観たかったんだなって。

なんでわたしはその気持ちを察して動いてやれなかったのか。

なぜ妻にとってとても楽しみだったことを、サラリと流すような発言をしてしまったのか。

あのときの寂しそうな顔、きっとこの先も忘れない。絶対幸せにしてやると誓った。それを行動で表せていない自分が憎い。だらしない。ひどい。

 

今思えば、日ごろ笑顔で接してやれているか?癒してやっているか?喜ばせてやっているか?はなはだ疑問だ。

 

たまに考えることがある。

もし、何かがあって、妻がいなくなってしまったら。わたしはどうなるんだろうか。

実は、スマホの電話帳を、わたし全部消しました。なぜなら、もう余計な人間関係はいらないって思った。

周りと連絡とる時間を、妻に使ってやりたい、そんな覚悟がたまたま電話帳削除に出たんだと思う。

極端だと言われるかもしれないけど、それくらいの存在なのです、妻は、わたしにとって。

 

「あいつを幸せにしてやりたい。そのためにわたしは生きている mylife for mywife」

明日、帰ってくるときは、最高の笑顔で迎えよう。これを書きながら、わたしは今も涙が止まらない。