【結婚コラム】あなたのことが好きだから私は頑張れる

今回のテーマは、

「【結婚コラム】あなたのことが好きだから私は頑張れる

ここでは、結婚生活に関するわたしたちが普段感じていることを、ただただ感じたままに書いていきたいと思います。

 

「あなたが好きだから頑張れる」こう本気で言える人が、今の時代にいるのだろうか。

 

結婚すると、彼氏・彼女の関係から夫婦になり、そして子供が生まれる。

家を買い、そこを住処として一生を過ごしていく。

平均寿命を80歳と考えれば、50年近くあるだろうか。

独り身の年数よりも、はるかに長い年数を共に過ごすことになるのだ。

 

感覚とは不思議なもので、あたりまえの状況に慣れると、あたりまえのものに対して感謝の意も熱い感情も、何もかもを「失う」のではなく、「忘れ」てしまうのだろう。

親がいてくれるのがあたりまえ。妻・夫や子供がいてくれるのがあたりまえ。彼氏・彼女がずっとそばにいてくれるのはあたりまえ。

毎日朝早く起きて通勤電車に揺られ会社に行くのもあたりまえ。会社に勤めているのがあたりまえ。帰ってきたらご飯があるのがあたりまえ。

 

何もかもがあたりまえになってしまうから、そこに何の感情も抱かなくなる。

これほど寂しいことはない、少なくともわたしたちはそう考えている。

 

たいていの人は、そのあたりまえの状況を失ってから、その存在の大切さに気付く。

なんであの時気付いてやれなかったんだ。なんであの時こうしてやれなかったんだ。なんであの時こんなこと言ってしまったんだ・・・なんであの時・・・

 

その時すべきだったこと、とは、本当に小さなことだったと思うのです。

一言、感謝の言葉「いつもありがとう」、自分の想い「愛しているよ・好きだよ」、詫びの心「ごめんね」、たった一言を言えたかどうか。

毎日笑顔で挨拶したか、相手の話に耳を傾けたか、気持ちを理解してあげようとしたか。

きっと、そんなに難しいことではないのです。

 

でも、これらのことは、残念ながら無意識でできる人はなかなかいない。よっぽど意識してないと、なかなかできないものです。

毎日の目の前のことを捌くので精一杯だから。

仕事の悩み、家事育児の悩み、お金の悩み、異性の悩み、友人関係の悩み、自分自身のコンプレックス、などなど、今の自分を支えるだけでも精一杯。その状況が、残念ながら今の日本の現状なのでしょう。

 

昨日、二日間の宿泊仕事を終えて、妻が帰ってきました。

すべての運営を仕切る彼女の責任は重く、相当なプレッシャーを抱えているのは目に見えて明らか。

立ちんぼの長時間労働で、足もパンパン、一歩も歩けないくらいの状況だったに違いない。

 

その状況をわたしも認識していたので、車で都心まで2時間弱、迎えに行く。

このこと自体は、わたしのなかではたいしたことでもないし、これくらいはしてあげたいな、という気持ちの表れ。

車のなかで、「迎えにきてくれて助かったよ、足もパンパンだし、荷物も重いし、もう無理だって思ってたんだ」と妻は話す。

 

でもやっぱり、往復3~4時間運転すると疲れてしまうし、家に帰ってくると、「フウ」とわたし自身一息つきたくなるものです。

読みたかった冊子やスマホを眺めていると、フラフラと妻はキッチンへ。

 

「今日はごはん大丈夫だって。足も痛いんだし休もうよ。キミもお腹減ってないって言ってたじゃないか。」

「大丈夫だよ。ちゃんとわたしが作ったご飯食べないと、栄養バランスだって悪くなるんだから。今作るからね」

「いいから、本当に。体のほうが心配だよ。一食くらいなんてことないよ。」

「ううん。迎えに来てくれて、一緒に時間を過ごして、やっぱりあなたのことが好きだから、わたしは何だって頑張れる。むしろ元気になってきたくらいだよ」

笑顔でそう返してくる妻。その顔には、一点の曇りもない。相当な疲れをかかえているのに。強がって平気ぶって、でも清々しい顔でわたしに気持ちを伝えるのだ。

 

こんなこと、本気で心から思って、本気で口にして、本気で行動できる人が、どれくらいいるのだろうか。

またも涙を心の中に浮かべることになった。その想いに応えなきゃ、絶対、と心に決める。

 

明日がどうなるかなんてわからないこそ、毎日その瞬間瞬間を大切にしなければいけないし、常に相手を想いやり、一生幸せにするという決意を持ち続けたいと思った。

「あなたのことが好きだから、ボクも頑張れる」

大きな仕事も終わり、気持ちも落ち着きを取り戻すだろうから、週末は、いつもより楽しい時間を一緒に過ごそう。あいつと。